火焔土器とは


火焔土器ギャラリー

長岡市


深鉢 火焔土器
出土地:馬高遺跡 ( うまたか いせき )
所在地:長岡市関原町
時期:縄文時代中期 ( 約4500年前 )
高さ:32.5cm
指定:長岡市指定文化財 ( 考古資料、昭和42年指定 )
所蔵:長岡市立科学博物館

この種の土器は大きく立ち上がる四つの突起(鶏頭冠)が燃え盛る炎のようにみえることから「火焔型土器」と呼ばれています。もともと「火焔土器」とは、関原町の近藤篤三郎氏が馬高遺跡で最初に発見した土器に名づけたもので、その後に発見された類似の土器を一般に「火焔型土器」と言います。この火焔土器の様式は、中期の中ごろにはほぼ現在の新潟県全域に広がり、特に信濃川流域で最も発達しました。新潟県域はまさに「火焔土器の国」であり、長岡周辺はその中心地のひとつです。


深鉢 火焔型土器
出土地:千石原遺跡 ( せんごくばら いせき )
所在地:長岡市吉崎
時期:縄文時代中期 ( 約4500年前 )
高さ:38.5cm
所蔵:長岡市立科学博物館

深鉢 王冠型土器
出土地:岩野原遺跡 ( いわのはら いせき )
所在地:長岡市深沢町
時期:縄文時代中期 ( 約4500年前 )
高さ:30cm
所蔵:長岡市立科学博物館

火焔土器の様式には装飾的なものと非装飾的なものがあり、装飾的なものに「火焔型」と「王冠型」の2種類がみられます。火焔型は「鶏冠状把手」と4単位の大きな突起をもつもので、突起や口縁には鋸歯状の連続した小突起がつきます。一方、王冠型は、基本的な文様は火焔型と共通しますが、大型の突起はシンプルな山形で、鋸歯状の連続突起はありません。装飾的な火焔型土器や王冠型土器は、非装飾的な土器に比べると、出土量は多くありません。また、ススやおこげの痕が残ることから煮炊きに使われたことがわかります。おそらく、村の祭りなどの儀式の場で、調理の道具として使っていたと考えられます。

火焔型や王冠型の土器は、馬高遺跡のほか、岩野原遺跡や千石原遺跡に典型的な特徴を示す資料があります。特に千石原遺跡の土器は、胴の部分がくびれて装飾的な突起が大きく開いており、火焔型の最も発展した姿を良く顕しています。



十日町市

平成11年6月7日、国宝に指定された笹山遺跡出土品928点中、火焔型土器とその仲間の王冠型土器が20個体が含まれています。新潟県にとって初の国宝誕生で、縄文土器では国内初の国宝という快挙です。

火焔型土器 王冠型土器
高さ 46.5cm
最大径 43.8cm
高さ 34.5cm
最大径 34.6cm
高さ 57.5cm
最大径 53.3cm
高さ 26.2cm
最大径 27.4cm
高さ 27.2cm
最大径 28.6cm


津南町


深鉢 火焔型土器
出土地:沖ノ原遺跡 (おきのはら いせき)
所在地:津南町大字赤沢字沖ノ原
時期:縄文時代中期
高さ:29.5cm
指定:新潟県指定文化財(考古資料・平成7年)
所蔵:津南町歴史民俗資料館

111号住居跡から出土した、器高29.5cmの火焔型土器です。馬高遺跡出土の「火焔土器」と比べると鶏頭冠把手、鋸歯状口縁などが酷似しています。特徴を指摘すれば、鶏頭冠把手は時計回りの4単位です。把手左ブリッチの上の掘り込みが菱形を呈し、胴部上位に独立した横S字状文が貼付されています。


深鉢 火焔型土器
出土地:堂平遺跡 (どうだいら いせき)
所在地:津南町大字中深見丁157番地外
時期:縄文時代中期
高さ:38.5cm
指定:国定指定重要文化財(考古資料・平成18年)
所蔵:津南町歴史民俗資料館

器高38.5cm、口径38cmのどっしりした火焔型土器です。すなわち、高さと口径がほぼ同じ長さを示すという大きな器形上の特徴があります。また、頚部から口縁部への括れが沖ノ原資料と比べると緩くなっています。鶏頭冠把手は時計逆回りの4単位で配置され、沖ノ原資料とは異なります。把手右ブリッチの上に刻まれた菱形文は抉りが強調され、「星型」に見えます。また、胴部を4単位に区画する縦位区画文中位に袋状突起が貼付されています。


深鉢 火焔型土器
出土地:道尻手遺跡 (どうじって いせき)
所在地:津南町大字下船渡甲6296番地外
時期:縄文時代中期
高さ:60.7cm
所蔵:津南町歴史民俗資料館

器高60.7cm、口径36.5cmの日本最大級の火焔型土器です。この土器の個性的な特徴は鶏頭冠把手が時計の逆周りという点と、胴部区画線に袋状突起が貼付される点です。この2点の特徴は堂平遺跡の火焔土器に類似します。