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縄文と岡本太郎

コラムNo.2 火焔土器のイメージ

京都造形芸術大学非常勤講師 石井 匠

 スマートな胴体。引き締まったくびれ。ふくよかな膨らみ。形だけをみると、実に美しいプロポーション、見事な曲線美である。見る者を魅惑する形とは裏腹に、この土の器は、外皮に奇妙な文様をまとっている。口縁部には奇妙な突起が貼りつき、4つの不可思議な把手が伸びあがる。縁の部分には棘のような三角のギザギザが波を打っている。なめらかな粘土の一本一本の線。それらがうねり、渦を巻き、凝集される小さな空間は、吐き気をもよおすほどの異様な無音の響きを周囲に放っている。この不思議な粘土の塊を目の当たりにする人は、いったい何を想像するのだろうか。

 考古学者たちは、この不可思議なモノを「火焔土器」と呼んでいる。この異様な形と文様に、燃え立つ炎のイメージを重ねたのだろう。岡本太郎もまた、この土器に根源的な美をみたのだが、彼が想起したものは「火炎」ではなかった。太郎の秘書であり、養女でもある岡本敏子は生前、こんなことを私に言っていた。

 「岡本太郎さんはね、『火焔土器は深海のイメージだ』と言ってたのよ。」

 「深海ですか?」

 「そう。『縄文人は深海を知っていたんだ』ってね。」

 深海とは意外である。海といえば「水」であり、「火炎」とはまるで対極にあるものだ。土器は大地の奥底から掘り出された粘土を素材とし、火で焼きあげることで完成する。粘土は水を含み、土器で煮込み料理を作るときには水を使う。土器は水と密接な関係にあるし、大地の「深い」ところから掘り出されるが、深海とは程遠い。敏子さんもなぜ深海なのかは分からなかったらしいが、岡本太郎は火焔土器に深海のイメージをみたのである。

 いったい、この土器のどこが深海なのだろうか。縄文人も海に出て漁労を行っていた。強引に結びつけるとすれば、火焔土器の隆帯文のうねりや口縁のギザギザは、さざ波や海原のうねりに似てはいる。渦巻文も渦潮と相似形である。しかし、深海とは無関係だ。あるいは、S字状の象徴的な把手が深海の生物をあらわしている、とでもいうのだろうか。いや、そんな皮相なことではないだろう。

 火炎と深海。この土器を名づけた考古学者と、岡本太郎が直観的に感じとったイメージは、まったくかけ離れている。もしかすると、太郎は「火焔」という名前がもたらすイメージが気に食わず、アンチテーゼを投げかけただけなのかもしれない。しかし、文章として残すこともせず、傍にいた敏子にそう告げただけで終わってしまった。

 岡本太郎が火焔土器にみた「深海」とは何であったのか。今となっては、その真意を本人に訊ねることもできず、遺言のように残された言葉となってしまったが、ひょっとすると、そこに火焔土器の謎をひもとく鍵がひそんでいるのかもしれない。

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